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佐藤 健一
Kenichi Sato


佐藤 健一
Kenichi
Sato


メッセージ

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佐藤 健一

二人へ

こういうことを面と向かって言うのは少し照れくさいので、ここに書いておきます。

君たちが生まれてから、僕の人生はずいぶん変わりました。

小さい頃は、休みになると「公園に行こう」「キャッチボールしよう」と朝から起こされて、もう少し寝かせてくれと思ったことも何度もあります(笑)。

それが今では、二人とも自分の友達ややりたいことが増えて、一緒に出かけることもずいぶん少なくなりました。

成長したということだから嬉しい反面、少し寂しくもあります。

父親としてちゃんとできていたのかと聞かれると、あまり自信はありません。

仕事が忙しくて一緒にいられなかったこともあったし、必要以上に怒ってしまったこともあります。もっと話を聞いてやればよかったと思うこともあります。

それでも、君たちが生まれてきてくれたことは、間違いなく僕の人生で一番幸せな出来事の一つです。

これから先、二人ともいろいろなことがあると思います。

うまくいくこともあれば、思い通りにならないこともあるでしょう。

そんなとき、無理に立派な人になろうとしなくていいと思っています。

自分が大切だと思う人を大切にして、自分が面白いと思うことに夢中になってください。

僕自身、48歳になっても、まだ迷ったり失敗したりしています。

だから、何歳になっても困ったことがあったら遠慮なく頼ってください。

そして、たまには父さんとも遊んでください。

二人の父親になれたことを、本当に幸せに思っています。

父より

佐藤 健一

美咲へ

普段こんなことを言うことはほとんどないので、たぶんこれを読んだら笑うと思います。

出会ってから、もう20年になるんだね。

結婚した頃は、20年後の自分たちがどんな夫婦になっているのかなんて、想像したこともありませんでした。

振り返ると、本当にいろいろなことがありました。

子どもたちが生まれて、毎日が慌ただしくなって、僕の仕事が忙しい時期には、家のことをほとんど任せきりにしてしまったこともありました。

疲れているのに話を聞いてくれたり、僕が仕事で落ち込んでいるときには、何も聞かずにいつも通りに接してくれたり。

そのときには気づかなかったけれど、後になって「あのとき支えてもらっていたんだな」と思うことがたくさんあります。

もちろん、喧嘩もしたし、今でもお互いに腹が立つことはあるけれど(笑)、嬉しかったことも大変だったことも、振り返るといつも隣には美咲がいました。

僕の人生の半分近くを一緒に歩いてくれて、本当にありがとう。

これから子どもたちが大きくなって、いつか家を出ていったら、また二人で過ごす時間が増えるんだと思います。

そのときは、昔みたいに旅行に行ったり、美味しいものを食べに行ったりしよう。

そして、お互いもう少し歳をとったら、「いろいろあったけど、まあ悪くない人生だったね」と二人で笑えたらいいなと思っています。

これからもよろしく。

健一

佐藤 健一

父さんへ

父さんがいなくなって、もう5年になります。

今でも実家に帰ると、いつもの椅子に座って新聞を読んでいるような気がすることがあります。

子どもの頃の父さんは、僕にとって少し怖い存在でした。

口数も多くなかったし、仕事で帰りが遅いことも多かった。

でも、日曜日になると近所の公園でキャッチボールをしてくれましたね。

あの頃の僕は、それを当たり前のことだと思っていました。

自分が父親になって、仕事をしながら子どもとの時間をつくることがどれだけ大変なのかを知って、初めて父さんがしてくれていたことの意味が分かった気がします。

もっといろいろ聞いておけばよかったなと思います。

父さんが若い頃、何をしたかったのか。

仕事で悩んだことはなかったのか。

僕が生まれた日は、どんな気持ちだったのか。

僕が父親になったとき、どう思っていたのか。

聞こうと思えば、いくらでも聞けたはずなのに。

父さんがいなくなってから、聞きたいことがたくさん出てきました。

父さん。

僕も今、二人の息子の父親をやっています。

ちゃんとできているかは分かりません。

でも、息子たちとキャッチボールをしていると、ときどき父さんのことを思い出します。

あの頃、僕が投げたボールを受けていた父さんも、いろいろなことに悩みながら父親をやっていたのかな。

今なら、もう少し父さんと話ができる気がします。

ありがとう。

そして、もう少しいろいろ話しておけばよかった。

いつかまた会えたら、そのときはゆっくり話をしよう。

健一




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